為せば成る、為さねば成らぬ、何事も

高校にて英語と音楽を教えています。「音楽」、「ダイエット」、「旅」と雑多なブログです。日々発信していきます。

新聞配達をして学校に通ったお話

早稲田大学卒業後はぼくは新卒で就職もせず音楽の専門学校に通いました。

そんな親不孝な進路に親はもちろん学費は出さず、ぼく自身にも貯金はありませんでした。

そのため新聞奨学生として専門学校に2年間通いました。

今回はそんな新聞奨学生の実際のお話です。

 

 

新聞奨学生とは

名の通り新聞配達をしながら学校に通います。

大学に通う人、専門学校に通う人、予備校に通う人と様々でした。

もちろん高校卒業したばかりの人もいたし、ぼくのように大学出てからもう一度学校に通う人もいたし、ぼくよりも年上の方もたくさんいました。

 

新聞配達をすることによって返済不要の奨学金が出て、学費に充てることできます。 

A新聞、Y新聞、N新聞、M新聞など様々な新聞社に申し込んで働くことになります。

ぼくはN新聞の専売所で働いてました。

新聞社によって条件か様々で集金の有無などは特に大きいのですがぼくは集金業務は行わず朝夕の配達だけでした。

 

新聞奨学生の待遇

契約する年数にもよるのですが年数に応じた奨学金が出ました。

ぼくは2年間だったのでぴったし200万円でした。

多くの専門学校であれば学費として十分な金額だと思います。

今、調べたら4年間であれば400万円以上。

1年間でも100万円前後のところが多いみたいです。

ぼくの頃より額が上がっている・・・

この額は入学前にすべて学費に充ててもらえるので入学前にお金が無い状態でも入学が可能になります。

 

奨学金とは別に毎月給料が出ます。

これも専売所によって異なると思うのですがぼくの時は月々10万円ちょっとでした。

店によっては食事が出て給料から引かれるところもあるようですがぼくの店は学生の生活リズムがみんなバラバラということもあり食事などは出なかったため給料は引かれることなくもらっていました。

 

新聞配達をするという特性上、寮に住むことになります。

多くはその専売所が寮になっていることが多いと思います。

基本的には学校の場所を考慮して専売所を決めてもらえるため学校の近くに住むことができます。

ぼくは学校が世田谷区にあったので世田谷区に住むことができました。

普通に住んだら結構な家賃になると思うのですが寮費などは取られることなく無料で世田谷区に住めたのです!

 

あれ、もしかしたら今より良い生活してたかも・・・ 

 

新聞奨学生の一日

3:00

この時間までに出勤します。

出勤といっても専売所と寮がくっついているので上の階から降りてくるだけです。

この時間くらいにトラックが新聞を運んでくるのでこの時間より早くに出勤してた記憶寝坊してこの時間に社員さんが部屋に起こしにきてくれた記憶が混在してます(笑)

 

新聞をトラックから降ろした後はその新聞にチラシを折り込みます。

大体300部くらいの新聞にチラシを折り込みます。

チラシ抜きという指定の家もあるのでチラシなしも数を数えてまとめます。

 

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雨が降るとビニールをかけなくてはいけないので地獄絵図です。

だって配達する人は10人くらいいてもビニールをかける機械は2つしかなかったりするのだもの。

 

折り込みが終わったらバイクに新聞を積みます。

一度に詰めるのが常識的にやると150部ちょっとなので残りは社員さんに頼んで決められた中継地点に置いてもらったりします。

鉄人って勝手に呼んでた人がいたんですけど彼は300部全部バイクに載せてました。

それを安易に真似しようとすると配達中に転んだりして痛い目をみます(笑)

 

3:30 

チラシの折り込みの速さにもよるけど大体このくらいの時間にいつも店を出発してました。

雨の日だと4時を過ぎることもありました。

鉄人はいつも3:15くらいで出発してました。

出発してからは順路帖と呼ばれる配達名簿みたいなものを使って配達します。

これを見ればどの順番にどの家に配るかが書かれています。

鉄人はいつも順路帖は専売所におきっぱなしでした。

 

5:00

大体このくらいに先に述べた中継地点にたどり着くので残りの新聞を積みます。

店から近い配達区域の場合は店まで戻る人もいたようです。

ぼくはその専売所で一番配達区域が遠かったので中継地点は常に利用していました。

300部すべてを一度に積み、中継を出さない鉄人には関係の無いことです。

 

6:00

配達終了です。

鉄人はこの30分以上前に業務を終えます。

ここで新聞が1部余っていたりすると泣きたくなります。

不着の電話がかかってきてもう一度届けにいくことになります。

ぼくは自分の店で半年間連続で月間不着ランキングのトップを飾ったことがあります。

ちなみに鉄人は不着0で表彰され続けてました。

 

その後は昼の時間まで各々の時間になります。

学校行ったり、寝たり。

 

14:30

夕刊が届きます。

流れは朝刊と一緒です。

朝刊のみの家も一定数あるので朝刊よりは部数が少なくなります。

チラシも薄いので一度で運べる量になります。

 

15:00

大体この時間に出発します。

道が朝刊より明るいですが交通量が多いので夕刊の方がゆっくり配っていた気がします。

 

17:00

業務終了。

鉄人の時間はいわずもがな。

ここも不着が来ると泣きたくなります。

 

辛かったこと

  • 朝方通り越しての深夜型生活
  • 雨が降ると泣きたい、雪が降るともっと泣きたい
  • バイクで転ぶと痛い
  • 寝てるときに不着の電話
  • 元旦の新聞は週刊少年ジャンプみたいな厚さ
  • 夕刊のため取れない授業があった
  • 配達の疲労で授業に集中できないときがあった
  • 交通違反の切符いっぱい切られた
  • 配達中にタイヤがパンクしたから歩いて配った

良かったこと

  • 学費などお金の面の心配なく学校に通えた。
  • 四季を肌で感じられた
  • 早朝は気持ちよかった
  • 精神的にタフになった(当時は悩むことも多かったけど)
  • 身体動かしてるから肉体的にもタフだった
  • 紙の折り込みが速くなった
  • 専売所の人はみんな優しかった(今でも時々連絡取る)

まとめ

正直言うともし家庭に経済的な余裕があるなら普通に学校通った方が良いとは思います。

それでも昨今において高い学費をどう捻出するかというのは悩みの種になる人もおおいんじゃないかなと思ってます。

そんな時にお金を理由に諦めてしまうのであればこんな選択肢だってあるんだよってことが学費のことで悩んでる人の元まで届いたらいいな。

 

大変なこともあったけど今思い出すととても楽しい二年間でした。

春の匂いを原付のスピードで直に感じたり、梅雨は雨に泣きながらビニールをかけ、夏は熱中症に気を付けながら所長がくれた塩飴を舐めて配達し、秋はあの寂寥感を感じられるし、冬の雪は死ぬ。

とにかくあれだけ毎日四季を感じられる仕事もそうないよなぁと今は懐かしくなります。

 

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これは配達中に撮影した写真。

まだ残ってたんだなぁとしみじみとしています。